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全部の自分で、生きていけるように
土曜日の午後、こんな場面がありました。
お友達とのコミュニケーションをとるのが苦手な小学2年生の男の子。イライラするとすぐに手が出たり、物に八つ当たりをしてしまいます。この日は、午後からswitchゲームのマイクラを交代でやりました。「やらない」と言いながらも1番先にコントローラーを持っていた〇君(笑)。マイクラは大画面で3分割し同じ空間で遊ばなければなりません。以前から水族館を作っていたお友達から「壊さないでね」と注意をされていましたが、〇君はゲームの中でいろんないたずらをはじめ不穏な空気になっていました。スタッフが間に入り「お友達が一生懸命作ったものは壊さないほうがいいと思うよ」と伝え、どうやったらこの中で遊べるかを一緒にお友達と考えてもらいました。お友達は「壊さないならいいよ」「離れたところならいいよ」といくつか〇君も一緒に遊べる案を提案してくれました。〇君は表情がこわばっていましたが、それでもコントローラーを手放さずに怒りを我慢し、その案を聞き入れ、少し離れたところの地下に穴を掘って爆発をさせて発散していました。2人の男の子は我慢しつつも少し不満そう・・・どうするかなぁと思っていたら、最終的には水族館から離れ別のステージに行って戦いをすることになり、子ども同士で問題を解決することができました。2人の男の子の思いもいろいろあったと思いますが、ずごいのは〇君が怒りを爆発させずにその場にとどまり、最後までお友達と遊べたことです!!
このような経験は子どもにとって何よりも大事な経験だと考えています。
子ども達とのかかわりを続ける中で、私が大切にしてきたことがあります。
精神科医ウィニコットは、
「子どもは「存在するために遊ぶ」と述べました。
そして、子どもが安心して自分を表現できるかどうかは、
その子を取り巻く環境によって大きく左右されると考えました。」
私はこの言葉に、何度も支えられてきました。
子どもたちは、優しさだけでできているわけではありません。
怒りや悔しさ、強い言葉や乱暴な表現が出ることもあります。
かつては、それらをどうやってなくすかを考えていました。
けれど今は、消すことが成長なのではなく、
どう扱えるようになるかが成長なのだと感じています。
人は誰もが、
優しさと同時に攻撃性も持っています。
それを排除するのではなく、
安心できる関係の中で少しずつ統合していくこと。
ほしのこでは、
感情の存在は否定しません。
けれど、人を傷つける行動はそのままにしません。
存在は受け止める。
行動は社会の中で使える形へと育てる。
その両立を支えるのは、
大人のまなざしと、環境のあり方だと私たちは考えています。
特に自閉傾向のある子どもたちは、
言葉や感情の使い分けに時間がかかることがあります。
だからこそ、急いで整えるのではなく、
安心して試し、学び直せる環境を整えることを大切にしています。
成熟とは、怒りを持たないことではなく、
怒りを持ちながらも関係を壊さずに生きていけること。
ほしのこは、「良い子」を育てる場所ではなく、
全部の自分を持ちながら
社会の中で生きていく力を育てる場所
でありたいと願っています。
これからも、
子どもたちを取り巻く“環境そのもの”を大切にしながら、
一人ひとりの心の育ちに寄り添っていきます。
以前のおひさまクラブの記事→「情緒と感情」
子ども達の活動の様子と理論をつなげるように書き記しています。
参考になれば幸いです。
アンビバレントな心
我が子が
「おしっこがトイレでできない」
「箸を使いたがらない」
「爪切りをしたがらない」などなど・・・
生活の中での困りごとはたくさんあります。
上記のような問題は、発達に問題があろうが、なかろうが、子育ての中では必ずと言っていいほどぶつかる問題です。
特に3,4歳児さんの反抗期(自立期)は、大人が指示・命令をすればするほど、言うことを聞かなくなる場合もよくあることです。
子どもの心が成長してくるとアンビバレンス(両価性)の心「愛情と憎悪」「尊敬と軽蔑」どちらの感情も持つようになり、非常に複雑になってきます。
子どもにアンビバレンスな心が芽生えるということは、悪いことではなく、物事をいろんな角度からとらえることができるようになる大事な土台が育っているのだ認識すると、子どもに対する見方が少し違ってくるかもしれません。
例えば
「トイレは嫌だ」と言いつつも、本当は「おしっこに行きたい」
「ママ大嫌い」と言いつつも、本当は「ママ大好き」
というようなことはよくあることです。
そんな時、大人はありのままの子どもの気持ちを受け止め、そして、子どもと同じトーンにならずに少し引いたところから、子どもの心の葛藤の時間を大切にして欲しいと思っています。
そういう感情経験は、子どもがアンビバレントな心に「耐える力」と「考える力」を育み、ひいては「精神的な自立」に繋がっていくのだと考えています。
ストレス予防接種
私達大人は「ストレス=害」だと思い過ぎて、子どもが泣いたり、不安になったり、怒ったりすることを極度に恐れている大人が多いなぁと感じます。
東京大学大学院研究科教授の遠藤利彦先生は「ストレス予防接種」を下記のように言われています。
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大人の庇護のもとから独り立ちしていく過程で、子どもは少しずつ自分の思い通りにならないことにも遭遇するようになる。しかし乳幼児の子どもは、こうした適度なフラストレーションやストレスにさらされることも、心のたくましさを身につけていくうえできわめて大切である。乳幼児期のストレス予防接種が将来のストレスに耐えうるたくましさ(レジリエンス)の土台をつくる。
過保護や過干渉が度を超すと、子どもは乳幼児期に適度なフラストレーションやストレスを経験できない。 ↓ 「自分がしなくても誰かがやってくれるが当たり前に」
通常の予防接種が、将来的に身体が重い病気につながら菌やウィルスにしっかりと対抗できるだけの強さを獲得できるのと同じように、心も発達早期に適度はストレスを経験しておくことで、将来重篤なストレスにも耐えられるだけのたくましさを身につけることができる ↓ 「自分でなんとかしなくちゃ」
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遊びの中で子ども達は、いろんなストレスと向き合い自分の力で頑張っている様子が伺われます。
大人は子どもの成長の邪魔をせずに、見守り励ませるようになれたらいいなぁと思っています。
感情の発達
赤ちゃんが泣く・怒るなどの感情をそのまま表現できることはとても大切だと考えています。
ほしのこでは子どもの感情をコントロールすることに力を注ぐよりも、一旦感情を出せるように心がけています。
感情のコントロールは大人でも難しいのでオープンダイアローグとかアンガーマネジメントなどという手法があります。
赤ちゃんや幼児はまだ感情が未分化で成長段階の過程です。
例えば、生まれてすぐは
「お腹すいた~」→泣く
「オムツぬれた気持ち悪い」→泣く
「眠た~い」→泣く
といったような不快感情を泣くことでママに訴えます。
泣くとママにお世話をしてもらって快感情が生まれます。
感情は「興奮」から「不快」と「快」に分化して年齢と共に成長していきます。
「快」は嬉しい、得意、愛情へと分化し
「不快」は、怒り、怖れ、嫌悪へと分化していきます。
赤ちゃんは自分で自分のお世話が出来ないので、日常の中ではママやパパのお世話をしますよね。お腹がすているのか?眠たいのか?暑いのか?・・・ママは予想して適切な対応をします。適切なというのは、完璧という意味ではなく、時には上手くいかなくて、あーでもないこーでもないとママが試行錯誤することも大切な事だと言われています。
子どもの感情は日々の生活の中で、少しずつ少しずつ育くまれていきます。その小さな成長を親御さん方と確認したり喜び合っていきたいと思っています。実は子どもと一緒に親や支援者も感情が成長していることだってあるなぁ~と感じています。
自由な遊びの中で表現される子どもの心の葛藤と成長
心が安定しているときの遊び👇

心に不安や怒りがあるときの遊び👇


ほとんどの親や先生は、子どもの心が安定しているときの遊びは認めることはできても、心の不安や怒りが表現される遊びは否定し抑え込みないことにしがちではないでしょうか?
子どもは下の写真のようにぐちゃぐちゃになった内面も抱えています。そして、安心して遊べる場では、行きつ戻りつしながら、自分で調整をしていきます。
良い自分と悪い自分、両者が一人の中で統合されるには、一足飛びにはいかず、経験と時間がかかります。
負の部分をないことにせず、時間をかけて成長してく過程を大切にしていきたいと思っています。