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息子、ついに卒園しました。
年少少から年長までの4年間。
大好きな外遊びができる広い運動場に心をつかまれ、 喜んで通う姿がありました。
一方で、喘息の影響でお休みすることも多くありましたが、その中でも本人なりに園生活を重ねてきました。
落ち着けるように作っていただいたダンボールハウス。
帽子の被り方の工夫。
お集まりのときには、カードをパラパラと落とすことで安心できる息子のために、
カードと入れ物を用意していただくなど、 先生方の細やかな配慮と、
長く一緒に過ごしてきたお友だちとの関わり、 そして戸惑いながらも過ごしてきた、
本人の4年間の積み重ねがあってこそ、今があるのだと思います。
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卒園当日。
夜中3時に目が覚めて飛び回り、行く前には洗面台を水浸しに。
そんなバタバタの朝から始まりました。
息子はいつもと違う雰囲気が苦手で、行事の始まりは慣れるまで落ち着かないことが多いです。
ですが、式の時は加配の先生と手をつないで、静かに席につく姿がありました。
途中、姿勢が崩れる場面はありましたが、 その場から離れようとすることも、嫌がることもなく
「ここにいる」とわかっているような姿に、胸がいっぱいになりました。
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わたしは、卒園がさみしくてたまらなかったのですが
この4年間を思い返すと 大変だったことも含めて、どれも豊かで、しあわせな時間でした。
そして 「こんな体験をさせてくれてありがとう」 と息子に思えたことが、自分でも意外でした。
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帰り道。
「大きくなったから、もう幼稚園は卒業なんだよ。次は小学校に行くよ。よくがんばったね」
ひととおり話し終えたあと 無表情のまま、手をぱちぱちと叩く姿。
まるで拍手をしているようで、その姿がとても嬉しく、心に残っています。
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制服を弟に着せたときに見せた、少しさみしそうな表情。
そんな表情ができるようになったことにも、成長を感じました。
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また、この4年間を支えてくださったのは 幼稚園をはじめ 児童発達支援、訪問看護、担当相談員さんなど、
たくさんの方とのつながりでした。
訪問看護やデイの皆さま、担当相談員さんには、 園との間に入って調整していただいたり、
日々の様子を共有していただいたり、 また親の相談にも丁寧に乗っていただくなど、支えていただきました。
“チーム息子”のみなさんに、4年間をさまざまな面から支えていただいたこと、心より感謝しています。
このつながりに支えられながら、息子はいよいよ次のステップへ。
小学校生活も、息子らしく歩んでいけたらと思います。
はじめての病児保育
息は喘息持ちである。
よく風邪をひき、重症化しやすく、入院したこともある。
そして、とてつもなく元気な病人。
咳が続き、とってもつらそうだが
看病している方も、正直とってもつらい。
風邪ゆえに外部サービスが使えない。
咳がひどいので外には出れないが、
暇を持て余し、水浸しなど何をするかわからないので目が離せない。
病気の時に利用できる「病児保育」があるよ。
自閉症の子も利用してるよ。
と聞いたことはあったけど、
うちみたいに重度の子は無理だ。
息子がパニックをおこす。
病気のときくらい家で見なきゃ。
かわいそうだ。
と、なかなか踏み出せずにいた。
そんななか、娘が入院することになった。
娘は医療ケアが必要な子どもで、入院が多い。
娘が入院するときは、わたしが付き添いをするのだが、
こんな時に困るのが、息子も体調が悪い時。
今までも何度もこういうことがあり、
同居している両親にお願いしてきたのだけど、
親は高齢になってきて、
逆に息子はすばしっこく、力も強くなってきて負担が大きい。
そこで思い切って病児保育にトライすることにした。
断られるかも。
嫌な顔されるかも。
と、ドキドキしながら申し込みに行った。
うちの事情を話し、
多動なんです。A1なんです。
大丈夫でしょうか?
と洗いざらい話した。
すると
「あ、大丈夫ですよー。
病児保育なんで、病気であることが条件ですけど。」
とあっさり。
ほっとしたのも束の間、
その後、息子がRS疑いが出てきて、
「RSかもですけど……」
と言ったら、
「部屋が分かれているので大丈夫です!
コロナ以外なら大丈夫。」
と。
なんと、感染症も別部屋に分けて見てくれるとのこと。
「大丈夫。」
迷いなく言ってくれたこのひとことが、とても嬉しかった。
(そして市の子育て事業所なので、6時間以内千円と料金も安く、
家から距離も近く、大変ありがたかった。)
結果、息子は機嫌良く病児保育を利用することができた。
息子が慣れないでパニックを起こすのでは?と
利用に消極的だった親も、
スムーズに利用ができたことにホッとして、
「病児保育、ありがたいね。」
と言った。
県外の知人に聞いたところ、
車で1時間かかるところにあるんだけど、やんわり断られる。とのこと。
まず、その人が動いていることにびっくりした。
わたしはビビって、年長の最後にやっと動いたのに。
元気な時も病気な時も
障害があっても
子育ての味方がいる。
これはすごく恵まれていると思うし、
息子のなんとなくの特性もあるのかもしれない。
地域のなかに息子の居場所をつくる。
これはわたしの子育てのテーマだが、
一歩踏み出すたびに
障害や障害の程度に、わたし自身が偏見を持っていることに気づく。
小さいときに
大丈夫の経験を積み重ねれば、息子もわたしも
いつかダメって言われる時がきても、ドーンとしていられるかもしれない。
書きながら、ほんとにビビリだなぁと気づきました。
私、ほんとビビリだなぁ。
今回利用した病児保育はこちらです。
https://www.tomoeda.or.jp/cupid
マラソン大会
息子はマッチョである。
足も速い。
それと、かけっこが早いかは別の話だ。

どこからどこまでを走るというルールが理解できないのと
砂が大好きな息子は、途中で座り込み砂遊びに夢中になってしまう。
マラソン大会やかけっこは、そもそもスタートラインに立つのが大変なので、参加できたら二重丸◎
加配の先生に手引きされて、去年は3位入賞◎
年長さんになるとみんな早くなるので、今年はどうかな?と思っていたら
今年は、順位よりも息子くんが1人で走ることを目標にしたい。と先生から話がありました。
周りを見る力がついて、他の子が走っていると、息子くんも走るんです。と。
わたしはもちろん大賛成!
一応先生は後ろから走るけれど、基本的に息子が1人で走るようにサポートは最低限。
走りきれますように、と祈りつつ送り出しました。(わたしは所用のため見れず(涙)
マラソン大会では、時々砂を触り座り込むことはあったけれど、最後の一周は息子1人で走りきったそう。
他のお母さんたちや、先生たちからも
息子くん、1人で走れたね!すごいね!感動した!と言葉をいただいた。
4月から入学する支援学校の先生も見にきてくれて、息子くんすごいですね!と言われて次の息子のステップも少しホッとしました。
幼稚園の先生が、息子のことをほんとうによく見てくれました。
いつもと同じようにではなくて
息子のその時に合わせて
まず参加できることから始まり
体力がついて、早く走る体験
そして周りを見ながら自分の力で走る体験
一歩一歩
進んだり、後退したりもありながら
今の息子にあったやり方を考えてくれた
ほんとうに感謝です。
今年は集大成でした。
感無量です。
“がんばらなかった”トイトレ
我が家のトイトレ事情
最重度知的障害A1の6歳の息子。
オムツは5歳で外れました。
そう言うと、周りからびっくりされます。
病院の先生にも「どうやって?」と聞かれたくらいです。
トイトレを始める目安は
・トイレ間隔が空くこと
・言葉の理解があること
一般的にはいくつかの目安があるそうですが、
わが家はどれもそろっていませんでした。
どちらも、まったく当てはまらなかった息子。
障害児のトイトレ事情を調べると、
母の努力が圧倒的に多そうで、
正直、やる気はゼロでした。
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そんな息子がトイトレを始めたのは3歳。
療育に通い始めたことがきっかけです。
A事業所では、来所すると施設の服に着替えて過ごします。
そして、トイトレもありました。
私は「オムツが外れる」なんて思っていなくて、
他に優先したいことがあるから、トイトレはまだ先。
そう伝えていました。
それでも先生方は、コツコツと地道に、丁寧に続けてくださって。
そこまでやってくださるなら、と
家でもやってみることにしました。
息子はトイレが大好き。
(放っておくと水遊びをするくらい)
座ることに抵抗はなく、
出なくて当たり前、出たらみんなで大喜び。
タッチをして、たくさん褒めました。
だんだん、息子がうれしそうな顔をするようになりました。
失敗は減ったけれど、なかなか外せなかった頃。
幼稚園の先生から
「最近トイレ大丈夫なので、布パンツにしませんか?」
と提案がありました。
その一言で、オムツを卒業しました。
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ここで伝えたいのは、
このやり方が正解ということでも、
成功を自慢したいわけでもなく(少しはありますが)。
伸びるところは、本当に凸凹だということ。
息子は、できないことがたくさんあります。
でも、排泄はぐんと伸びました。
どこが伸びるのかは、やってみないとわからない。
最重度だから無理、というわけでもないのだと知りました。
育児本のように、
「こうすれば必ずできる」とは言えないことだから。
1人で頑張らず、みんなでやりました。
期待せずに始めたトイトレ。
それが、よかったのかもしれません。
不安は半分に、
喜びは倍に。
揺らぎやすい息子と、
揺らぎやすい私だからこそ。
家族も、療育の先生も、幼稚園の先生も。
みんなでサポートチームのように。
ひとりで抱えず、
“チーム息子!”でやっています。
卒園~これまでの日々
ほしのこキッズの母です。
息子は年長で、春からは支援学校の一年生。
このタイミングで、今までを振り返ってみようと思います。

息子は、最重度知的障害(A1)・自閉症・ADHD・喘息持ち。
知的には1歳3ヶ月。
発達退行した折れ曲がり型です。
どこに行っても、ぶっちぎりな発達特性をもつ息子。
ですが障害の程度と暮らしやすさは、必ずしもイコールではないのだと、息子を見ていて思います。
息子は、まわりの人の期待に応えることをしません。
しゃべれないし
あいさつもしないし(タッチはできるようになりました♡)
子どもが喜びそうなものもプイッとしたりして。
その姿を見るたびに、わたしはジワリと罪悪感がありました。
でも、よくよく見ると。
息子は、あいさつをしてもしなくても
みんなと同じようにできなくても
子どもたちのなかで、自然に溶け込んで過ごしていました。
わたしの常識には当てはまらない、やさしい息子の世界が、そこにはありました。
入園から卒園まで、
先生方もまわりのご家族からもイヤな思いをすることなく
いつもあたたかく見守って、声をかけてくれました。
ほかにも関わってくださる方が優しくて、
それはとてつもないラッキーなことで。
息子は、人に恵まれる運をもってると思っています。
ここほしのことの出会いも、
幼稚園の先生がきっかけでした。
レオさんに最初に言われた言葉。
「発達には段階がある。
まずは、息子くんにとって、
ここが安心で、好きなことを思いきりできる。
ありのままの自分でいられる場所にできるように。
そこを満たせば、他者への興味が出てきて、
次の段階に自然と進む。」
自然に?
びっくりでしたが
話を聞くにつれ、そうだよなぁ、それが自然だなぁ、と思いました。
利用しはじめて、わりとすぐに息子と目が合うようになりました。
「あ、これはいい。
息子にあってる。」
と思いました。
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息子は、ゆっくりマイペースに成長しています。
ゆっくりすぎて見落としそうなことも、
小さすぎて、側からみると当たり前なことも。
みんなで喜んだり、悩んだり、感動したりしながら過ごしています。
子どもの障害がわかったとき、母として、強くならなきゃ。変わらなきゃ。
と思っていました。
今はそう思いません。
強い時もあれば、弱い時もある。
わたしのままで子育てをしています。
それでいいんじゃないかな、と思っています。




